ザ☆シュビドゥヴァーズの日記

毎日更新されたりされなかったりする日記

「第5回副次的文化系合唱祭」お疲れさまでした!!

こんばんは、ヨン様です。

本日は「第5回副次的文化系合唱祭 合宴奇宴」day2が開催されました。 長かった…! 合唱祭を支えてくださった運営・スタッフの皆様、そして参加されたすべての団体の皆様、本当におつかれさまでした!

遅い時間になってしまったので、今日は簡単な感想にとどめたいと思います。 我々男声合唱団ザ☆シュビドゥヴァーズはCブロックの3番目(全体としても3番目)の団体として出演いたしました。 いつも「怪文書」と呼ばれてきた団体紹介も、今回はいたって普通の合唱団の紹介でしたね。 加えて、シュビの前二つの団体はコールトーミュと混声合唱ルナツーという非常に“濃い”世界観をお持ちの2団体だったので、歌ってMCをするだけのシュビドゥヴァーズはかなり正統派の印象になったのではないかと自負しております。

…というような話を打ち上げの席でしたところ、周囲の人からは首を傾げられることに。 え、いや本当のことでしょう? シュビほど普通の演出でやっている合唱団は、副次的day2では珍しいくらいだと思いますが???

実際のところ、参加団体の数だけでなく、年々参加団体の熱量も増えてきているように思います。 独自の世界観を持っている団体は毎回その爪を研いで副次的に臨んでいますし、新規の参加団体は新しい方向性を合唱祭にもたらしています。 参加するたびに、サブカル系の合唱団体が質・量ともにこんなにも広がりをもっているのだということを実感させられますね。

そのような面々が集う中でシュビドゥヴァーズが「なんかやばい人たちの集まり」みたいな扱いを受けるのは甚だ心外ではあるのですが、同時に非常に光栄なことでもありますよね。 シンプルに歌うだけでも印象に残るような団体なれれば、それは願ってもないことです。 サブカル系合唱の盛り上がりと環境の変化がある中で、今後もシュビドゥヴァーズとして愉快で楽しい音楽を模索していくことができればと考えております。

最後になりますが、改めて本日の演奏会を最後まで導いてくださった運営の方々と出演団体の皆様に厚く御礼を申し上げます。 どうもありがとうございました。 また次の合唱祭でお会いしましょう。

それでは!

引きこもり宗派

imockです。 まともな話を書いていたのですが、仕事がストレスフルなせいか内容が段々と病んで行ったので下書きを葬り去りました。ちなみにタイトルは「サブカル合唱市場原理」でした。


大学卒業とともにソシャゲから足を洗い、今年の初めにネトゲから足を洗い、元々酒もタバコもせず、多忙ゆえテレビも見なくなりました。 あとはインターネット環境を手放し、仕事を辞め、家に引きこもって外食を辞めれば悟りの境地へ至れる気がします。

解脱する、悟りを開くとは何か。私的にはあらゆるものに対して無関心でいることを保つことだと思っています。ソシャゲを辞めた身としては、ガチャの更新が発生しても無関心でいられるのです。(社会常識を培うためにTwitterで情報は拾っていますが)

このため、ありとあらゆるものに対して興味を失い、無関心を貫くことで悟りを開くことができるのではないか……即ち、自室にこもり外界への興味を断つ引きこもり行為は、あらゆる煩悩からの解放を目指す行動なのでは?と思いました。大体の人間は空腹か鬱病で死に至る気がしますが。

なお私は仏教徒ではないので(今のところは)実践しません。

以上、くだらないことを考えようとしても結局病んだ話題となってしまうimockでした。労働から解放されたい。

「今年は普通」はフラグなのか シュレディンガーのシュビ

今日は飯テロをみて昼ごはんにうどんを食べたら天ぷらを頼みすぎたのか胃もたれしてしまい、ひっくり返ってる間に仕事の休憩時間が終わりました。KJです。

先の日曜には副次的のDay1に参加し、綺麗な合唱祭を楽しんで来ました。

演出が演奏を中心にまとまっていて曲に集中でき、久々に真面目に正面から曲を機会に臨めた様に思います。

かなり難しい曲や難しい構成の演奏も存在する中、どの団体も非常にレベルが高く、「この構成と内容でちゃんと『聴ける』の!?」と、その事自体に驚く事も一度二度ではありませんでした。

しかも副次的の3回目くらいから参加している私にとっては本当に見たことがない程綺麗な構成で、「初期の副次的合唱祭を想起させられる」という声にも納得出来る所があります。こんな綺麗でいいの?なんか無理してない?と不安になる程です。

それもそのはず、きたない個性が強く、歌以外の演出も派手な団体はそのうちの多数がDay2に配置されており、嵐のごとくタイムラインを荒れに荒れさせる様なプログラムはこれから行われる後半に集中しています。どこも演出に余念のない猛者揃いです。

副次的の予告に際して本番での演出が普通か普通じゃないかみたいな話でTLが沸いてますが、基本的にこの合唱祭には予測を裏切って派手にする事に命を賭けるような団体「しか」存在しない(偏見)ので今年も無事フラグが回収される事でしょう。

シュビは「今年は普通」とかいうと信じてもらえない団体の筆頭ですが、

メンバーからは

「今年はマジで普通」

「団体紹介とか至って真面目」

怪文書?知りませんね」

「ここ数年で一番派手な味わいと評された2018年度に比較して半分以下」

(胡散臭い)予防線を張る声が発信されています。

そして、誰も信じていません。どう考えても日頃の行いが悪い。

ちなみに個人的な見解を言えば、まあ団体紹介の文章とかは、確かに普通ですね。

あんなにまともに説明をしている紹介文は、シュビの副次的参加史上でも初なんじゃないでしょうか。

むしろいつもが意味不明すぎるし、「これまでのあらすじ」形式の紹介文が流行りすぎたきらいもあります。

怪文書の第一人者であるはずが、今となっては怪文書だらけでアイデンティティなど皆無。同じ土俵で戦い続けるのも難しいのでしょう。

演奏演出についても、シュビは今回の夏、副次的以外にも異例と言っていい程生演奏の機会があり、そちらについても意識を割かなければならない事情があります。

私は決定に関わってはいませんが、ツアー全通の人のためにも(そんな奴居るのか)セトリを被らない様にしている様なので、副次的にネタのすべてを集中させる事は出来ないのではないでしょうか。

とはいえ、この場で私がいくら騒いだ所で、我が団の打ち立てた「狼少年」という金字塔は燦然と輝いており、誰も本気にしないであろうこともわかりきっています。

今までの善行(悪行)の積み重ねによって、大人しくやろうが面白くやろうが、確定で全部炎上する様な土壌が既に形成されており、無敵の人ならぬ、無敵の合唱団と化しています。

最強に質が悪い。

もうどう言う経路を辿ろうと行き着く先が全部地獄なので、メンバー内の打ち合わせを見ていても演出については適当というか割とフランクです。

方針がこれから一気に変わる可能性も、他のちゃんとした団体と比べたらゼロではないでしょう。

見る側も出る側も蓋を開けるまでどういう事になるかわかりません。

きれいなのかきたないのか、観測するまで確定出来ないシュレディンガーのシュビをどうぞお楽しみに。

罵声とか感謝の言葉かけ続けたら結果変わるかもよ。

コンサート詳細はこちらから(Day2)↓ subculture-chorus.jimdo.com

下書きが消えた

エスです。さっきまで書いてたけっこう長めの文が全部消えてやる気をなくしたので今日の夕飯を書きます。

・タイムセールで半額になってた牛肉200g ・ピーマン2個 ・ぶなしめじ1スコア ・ご飯1合 ・わかめの赤味噌

「お電話番号様」という言い方について

こんばんは、ヨン様です。

本日は「第5回副次的文化系合唱祭」の初日(合宴)でした。 シュビドゥヴァーズの参加予定日は来週の2日目(奇宴)ですが、兼団メンバーの中には何人かオンステした人もいたようです。 参加した皆さま、本当にお疲れさまでした。

本当はきちんとタイムラインを追って表記ゆれなどを検挙するのが正しい合唱団員としての務めなのでしょうが、あいにく今日という日に邪悪な締切が2件も重なって精も根も尽き果ててしまったため、あまり大会の様子は分かっておりません。 後日参加したメンバーが記事にまとめたりまとめなかったりすることでしょう。 あまり期待せずお待ちください。

特に書くこともないので、どうでもいいことを書きたいと思います。 近年、電話対応などで「お電話番号様」という言い方がなされたりすることがあるようです。 私自身は言われた経験がありませんが、目の見えない相手に対する気遣いと言うのは相当ストレスフルなものです。 そのような環境で過剰に待遇性が模索された結果、「お電話番号様」という表現が登場したのかもしれません。

大抵の場合このような「過剰敬語」が話題にのぼると、自称マナー講師や日本語評論家どこからともなく現れ、弱い者いじめのようによってたかって批判の声をあげるものです。

「『~様』や『~さん』は人に対して敬意を表すために使用するものです」

「このような表現は間違った日本語なので使わないようにしましょう」

我々の日本語や社会生活に対する不安をエサにして、このようなマナーがまことしやかにささやかれたりもします。

確かに、社会生活をするうえでの言語表現というのは、使用者自身の社会的評価と密接に結びついているので、どのような表現を用いてもいいということにはなりません。 しかし、だからと言って言語事実に反する俗説を流布させてよいということにはならないはずです。

少し考えてみると、「~様」や「~さん」は、かなり多様な語に後接することが分かります。 例えば、以下のような例はどうでしょうか。

お日様/おさるさん

→自然物/動物

お疲れ様/おはようさん/おまちどおさま

→挨拶言葉(感動詞

これらは全く自然な日本語であると考えられますが、人以外の存在や挨拶の言葉にさえ「~様」や「~さん」という表現が結びつくことが分かります。 「おまちどおさま」に至っては、「待ち遠しい」が「まちどお」で切れた挙句、「お~さま」を付加した例だと考えられるので、もはやなぜこのような表現が成立しているのか説明することは困難です。 そうすると、「『~様』や『~さん』は人に対して敬意を表すために使用するもの」という指摘は、間違いではないにせよ「そういう場合もある」という程度の理解をしなければなりません。

ここで言いたいことは、「言語表現は、なんでも規範的な裏付けがあって存在する」という素朴な言語観を持っている必要はないということです。 もちろん、規則で説明できることは教育・研究上きわめて重要なことですし、一見規則のないところに規則を見出すことが言語学者の仕事でもあります。 しかし、実際には個別の例外的な言語表現を許容するくらいに言語は“ゆるく”できており、その“ゆるさ”こそが言語運用の柔軟性につながっているのです。

「私はこういう表現は使わない」とか「やっぱり日本語として変に感じる」という直感を持つことは全く問題がありませんし、むしろ自然なこととさえ言えますが、だからといって「この日本語を使ってはいけない」ということにはなりません。 それはその人自身の許容する日本語の文法的・社会的規範が、新規表現を容認する人に比べて狭いというだけであって、「日本語そのものがそうなっている」というわけではないからです。 そもそも、「すべての日本語は標準化されなければならない」というようなことを言い始めると、京阪方言における「なおす(=片付ける)」などの地域方言は、全て東京方言の規範(そのようなものを正確に明文化できるとして)に合わせて修正されなければならないという話になってしまうでしょう。 地域共同体で認められている言語表現と、新規表現を許容する共同体の間で認められる言語表現の境界は、それほどはっきりしたものではありません。

そんなわけで、新規の言語表現を見かけた際は、「けしからん!」と鼻息荒くこぶしを振り上げるのではなく、そっと生暖かい目で見ていただければと思います。 新規表現は、いわば子供のようなものです。 大人の規範から見れば逸脱しているように見えても、裏には隠された理由があるかもしれませんし、未来の日本を担うこともあるかもしれません。 そういった背景を包括的に見通すことが、真に日本語を評するということになるのではないでしょうか。

分量の割には「お電話番号様」という言い方についてあんまり触れられませんでしたが、ぼちぼち眠いので勘弁してください。 良い日本語ライフを。

それでは!

おそらくシュビ初の1日2回更新

2,3週空いてしまったので書かなきゃと思ったらエスさんが既に書いていた。

こんばんは、エスティオです。

今週は副次的合唱祭。そして来週は副次的合唱祭ですね。 気張らず楽しみましょう。

最近AIやらディープラーニングやらに手を出し始めようかとしてます。 まずはちゃんとPythonとかを書く訓練からです。 基本読む側だったので書くのしんどいです。

わかりやすいのでJDLAとか取るのを一旦の区切りに定めてます。 取れたら褒めてください。

上記のようにソフトウェア側の勉強をすることが増えてきたように思います。 別に嫌いではないのですが、できる限り業務時間を使ってやりたいものです。 お金を貰いながら勉強するなんて去年の私が夢見た環境ですので。やったぜ。

それでは。

P.S. 今度お金を貰って大学に何かを教えに行きます。やったぜ。

ツクツクボウシの方言

エスです。前回前々回と忙しくて記事が書けなかったので時間のある時に下書きで置いといて担当曜日に投稿しようかと思ったのですがあたまがあほになって今日が何曜日かわからなくなったので書けた端から投稿しようかと思います。

盆が過ぎて少し暑さが和らいできました。私自身は暑いのにめっぽう強いので夏が終わってほしくない気持ちでいっぱいですが、録音をやるにあたって外でセミが鳴いていると第一編曲アジトで録音ができなくなるのでシュビ的には微妙なところ。今はミンミンゼミとアブラゼミからヒグラシとツクツクボウシの割合が高くなっているところなので、そろそろシーズンも終わりですね。

ところで、ツクツクボウシ には方言が存在することはご存知でしょうか。本土のツクツクボウシ屋久島のツクツクボウシでは鳴き方が微妙に異なります。正確には方言ではなく遺伝的形質で、屋久島には鳴き方が違う別の個体群が生息しているということのようです。

一般的なツクツクボウシの鳴き方 https://youtu.be/fIXb61S9r4E

youtu.be

屋久島のツクツクボウシの鳴き方 https://youtu.be/VxtUifDwpa0

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屋久島のツクツクボウシには後半部分が存在しません。塩基配列上は完全にツクツクボウシのもので、多種の同種別個体群より遺伝的な違いは少ないとのこと。7300年前の噴火により突然変異の個体群が隔離されたのがこの「屋久島方言」の理由ではないかと考えられているそうです。 より詳しく知りたい方はこちらのページをどうぞ。 www.milive.jp

これに加え、中国、韓国のツクツクボウシにはまた別の、サビに入る前のBメロのような方言があります。 https://youtu.be/ig9l4VMFPDQ

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こういった同種別個体群は一般にはあまり認知されておらず、人為的な放流などにより遺伝子型が消滅してしまうこともあります(ホタルの関西型関東型など https://youtu.be/dxGoNBHt3_s

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)。 これを国内外来種と言い、自然を復活させようと別の産地から持ってくることがかえってマイナスの結果を生み出してしまうこともあるので注意が必要です。

外来種の問題に関しては近年かなり啓蒙されてきましたが、国内外来種や遺伝子個体群についてはまだまだ認知度が低く、生物オタクがなんかゴチャゴチャ言ってると片付けられてしまうこともしばしばあります。重要性がわかりづらい分野ではありますが、今後研究が進むにつれ人間にとって有用なことがわかってきたりという可能性もあるので、頭の片隅に置いていただけると幸いです。